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「共同体・コミュニティ」を取り戻す

ここ数年人間関係で特に意見交換の場において感じている事があります。


自己の見解を押し通し、相手の意見を考慮しようとしない態度、自己正当化と相手に対する否定は、ほとほと疲れてしまいます。


「心のバランス」

どちらのバイアスにも偏らない思考の柔軟さ。対極を理解するやわらかさ。

そんな心のバランスが崩れている状態。何故この様な事が頻発するのでしょうか?


その答えは「共同体の空洞化」という問題です。

私達の社会は自己責任という言葉が象徴する様に個別化が世界のグローバル化を背景に進行しています。

コスパが良く、より流動性が高い所に人や金を移動させるという効率・合理化が人を共同から個に分離しています。


その前提はインターネットを象徴とする技術進歩「システム化」です。

スマホの普及は結果的に人に頼る必要性を薄れさせ、全て自己完結でき、他者がどう思うかに思考が及ばない、個別な世界に急速に移行しています。


「正しさとは何か?」

根本的には血縁者や仲間、人を大切にする事ではないでしょうか。

そんな共通の前提が薄れ、現実には自己の正当化の為だけに怒り、損得の為の忖度に生きていると言っても過言ではない状況です。


自分の事はどうでもよいとは言いませんが、私達は血縁者や仲間の為に自己犠牲をはらうという感情を持ちあわせて然るべきです。


血縁者や仲間、人を大切にするという前提、そんな正しさの観念を生きられない人が増えている様に感じてなりません。

それは絆を作る能力の低下、社会の生きづらさに繋がります。


「共同体・コミュニティ再生活性化」

人を大切にするとはどういう事でしょうか?

それは互いに成長しあう事

「成功」という目的ではなく「失敗」しても共に切磋琢磨できた事、その成長に共感する。


「成功より成長」 

補い合い、間違いがあれば共に正し、食い違いも話し合いで中立を模索する。

そんな信頼関係の熟成を私達は心の奥底で望んでいます。


Why can't we be friend?

The color of your skin don't matter to me,as long as we can live in harmony.


きっと友達になれる

I am sure we can be friends!


live in harmony.

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